2012.11|「I Love Kyoto Kaikan」運営人河本順子さんインタビュー公開中

4.16.2012

QC3|特2 座談会「都市とスラム」




今回、加藤政洋さんによるまちあるき再現(参照)に続く「特別編」としてお届けするのは、昨年に日埜直彦さんと篠原雅武さんとをお招きして行った「都市とスラム」に関する座談会である。この機会は、『建築雑誌』2011年1月号「未来のスラム」特集(参照)での出会い以降、同誌の責任編集者を務められた建築家である日埜さんと、同誌に論を寄せた社会哲学/思想史研究者であり、『空間のために』著者(参照:加藤政洋さんによる書評)『スラムの惑星』訳者でもある篠原さんとの対話として、2011年7月ジュンク堂新宿本店で行われた対談(参照)に引き続く機会となった。様々なお立場からのご参加をいただき、マクロな問題から起こる「スラム」という状況に対してミクロからの対処は有効なのか? という問題提起を出発点としている。当日の様子は参加者の一人である森村佳浩さんによる実況(のまとめ)を一読いただきたい。「スラム」を観念的な対象におしやるのではなく、具体的に生まれている「地域」の一様相としていかにとらえることができるか? こうした問いはこのインタビューシリーズにも通底するものだと考えている。(2011.11、radlab.にて)



1/5 キーノートその1
2/5 キーノートその2 はこちら3/5 座談会その1 はこちら
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<世界はめちゃくちゃに都市化している>

日埜直彦:「スラム」と聞くと何か遠く国の話のような気がしてしまうんですが、そもそもスラムってのは都市のなかのなにか「よくない」状態になっている場所を便宜的に指すために生まれた言葉です。特別なものではないわけです。産業革命のあと、工場が都市周辺部に立地し、そのまわりが煤煙まみれになるとか、労働者住宅が密集して住環境が悪くなるとか、生活環境が悪化した場所を「スラム」と呼びました。スラムの歴史は産業革命の元祖イギリスから始まります。工業化、近代化から派生したスラムは膨張し、放っておくとすぐにコントロールできなくなる。そういう扱いにくいものですから、都市を思うままに計画経営したいと願う為政者あるいは都市計画家からつねに嫌悪されてきました。そうしたメンタリティは我々も無縁ではないんだけれど、それを別とすれば、本来スラムは人間の健康や生死に関わるから問題なのであってそれ自体は善悪の問題ではないはずです。でも「暗黒のスラム」みたいな感じで、どうも道徳的な問題にすり替えられてしまうところがある。差別意識などもからんで問題は複雑になりがちですが、基本的には健康にかかわる環境の問題がベースなんだということをまずは確認したいと思います。


そういう古典的なスラムとは違って、現在のスラムは必ずしも工業化によって生まれるものではありません。むしろ根本的な原因は人口の増加であり、都市のキャパシティーを超えた人口流入です。都市が人口にみあった居住の場を提供できないならば、住む場所のない彼らはどうあれ自分で自らの生活の場を確保しなければなりません。そうして出来るスラムはしばしば彼らがもともと住んでいた伝統的な村に似ていて、近代化した都市のなかの前近代的な異物に見えます。だから近代化が必要と考える人にとって解消すべき「遅れた」場所になります。


世界人口は70億人、そのうち35億人が都市に住んでいて、35億人が地方に住んでいる。これが今の状況です。都市に住む人口がちょうど半分。さらに2050年くらいになると、人類人口は80億人ほどになり、世界全体の都市人口の比率は70%弱まで上昇し、今の日本の都市人口比率と同じくらいの比率にまでなると予想されています。日本と同じぐらい世界全体が都市化している状態ってどうでしょう。食糧が生産されるのは基本的に地方ですからそれがそんなに細って大丈夫なのか? あるいはそんな状況で環境を保全する社会的なシステムはサスティナブルなのか? などなど、たかだか40年後の2050年を考えても、まともにやっていけるものか心配になります。意外と人口動態の予測は精度が高いもので、誰もコントロールできていないこうしたマクロの人口トレンドは、ゆっくりと、しかし確かに現実化するでしょう。都市問題、その裏にあるスラムの問題は、こういう人口問題の具体として、我々の前にあるわけです。


そもそもスラムが都市における「良くない」部分を指すのであれば、その反面としての「良い」都市が暗黙に前提とされているはずです。「良い」都市をどのように描くかによって、スラムの見え方は変わるし、それをどう「良く」するかも変わってくる。都市とスラムの問題は近代という歴史の中で形成され、それがグローバリズムの果てに世界中で問題化してきた。そしてスラムの改善を現在行き詰まらせているものこそが、逆説的にもグローバリズム的な平準化を求める傾向であるようにも思えるわけです。あとで説明しますが、近代的なスラム改良にいろいろと限界が見えてきている状況をふまえてスラム問題を考えることは、より良い都市をどうイメージするかという問題を考える上で裏地として本質的な問題を突きつけています。


fig.1

ところであまり意識されないことですが、東京は世界最大の都市です。3700万人が一個の都市圏としての東京に住んでいる(fig.1)。都市の人口増加推移を描いたこのグラフを見ると、デリー、ムンバイ、サンパウロが東京の後に続いています。1960年頃までは世界最大だったニューヨークは現在では人口規模としては5位です。第三世界の都市が急膨張している状況が鮮明です。このグラフで東京の1950年あたりの人口増加率が年率4%くらいなんですが、これはかなり限界に近い人口増加速度です。1000万人都市だとしたら、年間40万人ずつ増えていく。年間40万人ずつ住居やインフラを実際につくっていかないといけない。ひとつの都市が毎年そんなことをするのは実際問題としてかなり難しいわけです。


たまたま日本はそのとき高度経済成長期で、住宅、インフラ、交通機関の整備がそれなりに可能でした。ところが今のデリーやムンバイではそうではない。このグラフをみると、ちょうど東京が半世紀ほど前に急膨張したプロセスをトレースするように、第三世界のメガシティが追いかけているように見えると思います。その意味で東京は非西欧文化におけるメガシティ化の先駆例と見ることができるわけですが、今急膨張している第三世界のメガシティには東京のような整備は不可能です。それが結果としてそれらの都市にスラムをつくっているわけです。だから東京がなぜ今あるようにそれなりに機能する都市になっていたかを見ることは、これら第三世界の苦しんでいる都市について考えるときに、特別な意味があります。



<スラムの現状―スラムは減っている?>

このように都市は自らの成長にキャッチアップ出来ず、その軋轢がスラムとして現実化しているわけです。都市化の世界的なトレンドが見えるグラフがこれです(fig.2)。人口規模別に都市を分けてそれぞれのランクの都市人口合計を示したものです。まず1000万人以上の人口を抱えるいわゆるメガシティが2025年ぐらいまでどんどん増えていく動向が見えます。しかし大きい都市だけが増えているのではなく、中規模の都市も小規模の都市も増えています。都市化は都市の巨大化であるばかりでなく、あらゆるスケールで進行しているわけです。



fig.2


さらにまたもうひとつのグラフ。アフリカ、アジア、ヨーロッパ、ラテンアメリカ、北アメリカ、オセアニアの各地域において都市人口の時代ごとのシェアの推移を示すグラフです(fig.3)。ヨーロッパが1950年に38%となっていて、北米は15%。つまり1950年の時点では世界の都市住民の53%が欧米在住でした。2050年になると、ヨーロッパは9%で、北米は6%。ということで合計15%。もともと半分くらいあったものが全体の8分の1くらいにまでシェアが減る。この意味で、かつて平均的都市像が欧米にあると言って良かったかもしれないが、2050年には欧米の都市はむしろマイノリティになっている。平均的な都市像として欧米の都市をベースとして考えることの妥当性は薄れてきている。


fig.3


規模の区別なく都市は成長しており、それはかつての都市像の延長線上では捉えられない実質になってきている。そしてそのことと平行して、人口増大にストック整備が追いつかないことによって止むに止まれず生まれるインフォーマルなスラムが生まれ、またそれは西欧的な都市像とは異質な伝統的居住形態でこれを受けとめる都市像が欠けている。つまり、都市はかつてとは異なる条件に規定されていて、旧来の都市像の延長線上の対処では問題解決できなくなっている、これが現状ではないかと思っています。問題は、この自体に対して、都市をどのように把握し、実践するかです。


今スラム人口は8億人と言われます。世界人口の12%ほどです。スラムを改善する活動をしているUN HABITATによれば、傾向としてスラムは減っていることになっています。これはスラム人口の比率毎に色分けされた各大陸の地図です(fig.4)が、たしかに年を追うごとに色が薄くなっている。アフリカはあきらかに減って、ラテンアメリカは色も薄くなっています。アジアも同じく減っています。これは主に経済発展によりスラムが解消したことによります。





fig.4


スラム問題が経済的水準の向上により解決するならそれはたぶん良いことなんでしょうが、その内実はどんなものか。近代的なアパートや住宅をつくり、上下水道完備、電気ももちろん。いわゆるスラムクリアランスというのがこれで、都心部に近いスラムを潰して開発を行ない、開発利益によって都市から離れた郊外にそうした住宅地を新たにつくりスラム住民を「収容」するわけです。でも当のスラムの人たちは都市のなかでゴミ拾いや軽作業などを生業にしていたりするから都市から離れると仕事を失います。それでは生活出来ないから都心に戻ってきてしまい、新たなスラムをつくる。あるいは与えられた住宅を売ってしまい、その金を手にして都心のインフォーマルな生活に戻ってくる。こういうものを改善と言ってもどれだけの意味があるのか。もちろん変革に痛みが伴わないわけはないので、そういうスラムクリアランスの不毛さも程度問題でしょう。


そしてむしろ少しずつ賃金が増えて、生活グレードがゆっくりと上がっていく地道な歩みは大切なステップです。「未来のスラム」特集については、その方面の専門家でもある山形浩生さんにコメントをいただいたんですが、そこでもこの線での批判を頂戴しました。経済発展がスラムを解消する、そのうちスラムは過去の問題になるだろうというわけです。しかし僕はそれでは単純すぎると思います。スラムは単に貧困の空間化ではないし、その改善と一口に言っても、それを測る物差しを自明視することは場合によっては欺瞞です。現に行なわれているスラム改善がある種の貧困の解消でありながら、その実際において空間の貧困であることは問題でしょう。都市あるいは空間に関わる我々のようなプロフェッションの姿勢としてはそこを考えざるを得ないし、その点に執着するからこそ、この問題が都市を考える我々にとっても地続きの問題なのです。



図像出典
fig.1 Struggling Cties展、国際交流基金
fig.2,3 World Urbanization Prospects, the 2009 Revision, 国連経済社会局
fig.4 State of the World's Cities 2010/2011, UN HABITAT


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プロフィール
日埜直彦:1971年生まれ。建築家。日埜建築設計事務所主宰。都市に関する国際巡回展Struggling Cities展企画。現在世界巡回中。