2012.11|「I Love Kyoto Kaikan」運営人河本順子さんインタビュー公開中

7.09.2012

QC3|10 小川玲子 「「外」から来る人たちを地域でどう迎え入れるか」



今回、九州大学で移民についてご研究される小川玲子さんへのインタビューは、私たちRADが福岡で行ったリサーチプロジェクト「Research Store Fukuoka」の一環として行われた。元々はアジア政策に力を入れ、地理的にもアジアに近い地域である福岡において、移民をめぐる現状がどうなっており、またそこにどのような課題とそれに対する取り組みがあるのか? こうした点についてうかがうためのインタビューだったのだが、小川さんが福岡内外で調査されるケアセンターでの移民受け入れが、そのまま地域やコミュニティの生成や強化につながったという興味深いお話を聞くことができた。「私たち」が「彼ら」を受け入れる、という形とはやや異なる、いわば「彼ら」を基点とした新たな地域の発生が、ケアワークに携わる移民の周りで現在起きている。これまであまり想像されてこなかった「グローバリゼーションのフロンティア」から、「地域」の一形態について考えていきたい。(2012.05 九州大学小川玲子研究室にて)


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<「ケアされる」ということを含めた社会構想へ>
2/3 <「日本にいることがベストではない」という選択肢もあり得る>はこちら
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―小川先生の現在のご研究についてまず説明していただけますか?



移民について、特に移民のケアワーカーの国際移動について研究しています。ケアワークに携わる移民には主に二種類の人たちがいて、ひとつは在日外国人として日本人と結婚して日本で暮らしている人。いまこうした人たちが介護の仕事にどんどん参入してきています。もうひとつは経済連携協定(EPA)という日本の政府間協定によって東南アジア諸国から来日し、日本語の研修を受けた後で介護施設などに配属になっていく人。こうしたふたつの流れがあるのですが、よく「グローバリゼーション」とか「国際交流」と言われているイメージとは全く異なった「介護現場」がグローバルリゼーションのフロンティアになっているという意味で、非常に面白い状況だと思っています。

大学に赴任する前は国際協力の仕事をしていました。国際協力といってもインフラの整備や技術協力ではなく、例えばフィリピンの先住民族やムスリムの女性のエンパワーメントに関するプロジェクトに携わってきて、異なる文化の人々がどうすれば共存できる枠組みがつくれるだろうか、ということが最大の関心でした。そして大学院に戻り、これから日本社会にとって何が問題になるだろうかと考えた時に外国人の問題だと思い、移民をどう受け入れていくかということが重要になってくると思ったのです。その時に、少子高齢化を迎える現在、これから大きなテーマになるなと思ったのがケアワーカーでした。


―国際協力のお仕事に就かれていた際の具体的な活動をひとつお伝えいただけますか?


フィリピンの先住民族のプロジェクトを支援をしていたのですが、先住民族の方たちは自分たちの課題が何か大体分かっているんですね。足りないのはちょっとしたリソースと、そして必要なアドバイスとモラルサポート。ゆえにそれらを提供してきました。

フィリピンの先住民族は人口のおおよそ2%程度ですが、彼らはいわゆる「低地のキリスト教徒」という一般的なフィリピン人の概念から外れてしまうんですね。クリスチャンじゃなかったり、色が黒かったり背が低かったり、いろんな特徴によってフィリピン人という国民的な想像力の外部に位置づけられる存在です。しかも、フィリピンは開発の矛盾が凝縮しているような国で、ダムや鉱山開発などの開発プロジェクトが入ってくることによって先住民族が土地を追われ、「他者化」されることによって彼らはいとも簡単に殺されていってしまうわけです。先住民族は本当に虫けらのように扱われていて、そこで何ができるかを長い目で見たとき、彼らが持っている知恵や文化や歴史などの文化的な資源をちゃんと受け継ぎ、尚且つそれを共有しない人たちにもシェアしていけるような枠組みをつくることが重要だろうと思ったんです。

そこで彼ら自身による取り組みとして、例えば彼らの儀礼を記録化していくことを行いました。中にはユネスコの世界遺産になったものもあるのですが、それを彼ら自身の手によってドキュメンテーションしていくことを、参加型のプロジェクトとして行ったり、先住民族の若者の人材育成などを行いました。


―そうした国際協力の現場から福岡へと拠点を移され、現在ではどのようなご活動をされていますか?


福岡ではNGOの方たちと一緒に研究会をしたり、いくつか面白い施設があるのでそうしたところを調査したり、またアジア・エイジング・ビジネスセンターというNPOがあるのですが、そこに九大の名誉教授の小川全夫先生という高齢者福祉についてずっと取り組んでこられた著名な先生がいらっしゃいます。その先生と一緒に活動をし、私は国際移動の部分、移民研究の観点からお手伝いをしています。結局高齢者にやさしい街というのは誰にでもやさしいということになると思いますし、外国人が住みやすい地域というのは日本人も住みやすいと思います。


―実際にご研究を進められるなかさまざまなケア施設をご覧になっていると思いますが、その上でケアワークの現場が抱える問題をどのようなところに見ていますか?


いま「ケア」というものがどこか現状のままではいけないんじゃないかという不安感をみんなが持っていると思います。通常の考え方でいくと、個人は自立していて自分の人生を選択していく自由がある、というところが人間観の根底みたいなものになっていると思いますが、人生の最初と終わりは誰かに依存しないと生きていかれないし、人生の途中でも病気になったり事故にあったりして依存状態になることはあります。だから本当はもっと人に依存する/ケアされるということを含めたかたちで社会を構想すべきだと思うんです。そうでないと元気な人たちばかりが中心の社会になっていってしまうのではないかと危惧しています。例えば、高齢のおばあさんがガタガタした手押し車を押しながら買い物にいく横を凄い勢いで自動車が通り過ぎていくという強者中心のコミュニティが出来上がっていて、そこから弱者が排除されていく構図はいろいろなところにあると思います。

そういう観点から、ケアする/されるということを含めて地域を考えられるといいなと思いますし、事実そうしたケアの現場に外国人が参入しているんです。これまでの調査で分かったことは、外国人ケアワーカーは非常に優しくていいケアを提供してくれるということでとても評判がいいということです。ただそれは一面ではいいんですが、移民にも家族がいますし、彼らも高齢化していく。出身国にはご両親がいる、あるいは子供を置いて働きに出ているというときに、ケアをどう公正に分配するかが重要になります。いずれ日本の人口の30%が65歳以上になり、ケアする側とされる側とを明確に分断して考えると「これだけの高齢者がいるからこれだけのケア労働者が必要です」ということになりますが、それでは社会保障費が持たないわけですよね。だからそういう考え方ではなく、お互いにケアをしていけるような仕組みづくりが地域に求められていくのかなと思います。


―一方で、そうしたケアワークの現場へ入ってくる人に当たる、日本への移民に関する状況について教えていただけますか?


日本の入国管理法では原則的には高度人材しか受け入れないということになっていて、いくつか在留できる職業が決められています。例えば医師や看護師、IT技術者、通訳や翻訳者などなど、日本人が持っていない技能を提供できる高度人材は受け入れましょうということになっています。このような職種を限定した高度人材の受け入れは多くの国が行っています。そして、非熟練労働者はなるべく入れないようにしよう、と。ただ実際は研修生と日系人という二つの抜け穴があるので、そこで農業や漁業や水産加工業やアパレルなどの労働力を確保しているという状況になっていると思います。しかも、研修生とは名ばかりで技術は何も学べないので、建前と本音が大きくずれてしまっているわけです。

日本には入国管理政策はありますが、本当の意味での移民政策はないと思っています。外国人が長期滞在するために何が必要か、彼らが定住した時にどういう問題が起きるか、家族が来た時にどういう問題が起こるか、政治参加をどうするのかといった議論は政策レベルから全く抜け落ちていて、自治体が個別に対応しているというのが実態だと思います。



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プロフィール
小川玲子(九州大学) 
幼少期にアパルトヘイト体制下の南アフリカで育ち、国際協力の仕事で文化遺産の保存や東南アジアの先住民族やムスリム女性のエンパワーメントに携わった後に現職。大学では留学生担当教員を務めながら移民研究に携わる。Globalization of Care and the Context of Reception of Southeast Asian Care Workers in Japan, Southeast Asian Studies, 2012, Vol. 49(4);(共著)eds. Henk Vinken et al., 2010, Civic Engagement in Contemporary Japan, Springer, USA;(共著)大野俊編、2010年、『メディア文化と相互イメージ形成』九州大学出版会etc.